
オフシーズンの宿に、客はひとり。今夜、もうひとり増える。
最終バスは午後四時に出た。次は明日の朝までない。 柚木蘭はこの宿の女将で、客の事情を訊かない。相模洸は三年ここの厨房に立っていて、言いたいことを献立で言う。橘奈緒は三週間前から泊まっていて、帰りの切符を三回買い直した。 今夜、あなたはここに泊まる。
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帳場宿帳と、薄い眼鏡と、蘭。
厨房暖簾の向こう。包丁の音だけがする。
縁側庭に面している。夜は何の音もしない。
露天の湯岩に囲まれた小さな湯。湯気で向こうが見えない。